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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)9319号 判決

原告 関東繊維工業株式会社

被告 勝星産業株式会社

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

(一)  被告は、別紙目録記載の手袋を製造し、販売し、拡布してはならない。

(二)  被告は、原告に対し、金九〇〇万一、五七四円及び内金四五〇万〇、七八七円に対する昭和四六年一一月一九日以降、内金四五〇万〇、七八七円に対する昭和五〇年三月七日以降各支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

(三)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

二  被告

主文同旨の判決。

第二当事者の主張

一  請求の原因

(一)  原告は、次の意匠権(以下、「本件意匠権」といい、その意匠を「本件登録意匠」という。)の意匠権者である。

意匠に係る物品 手袋

出願日     昭和三八年七月一七日(意匠登録願昭三八―一七七九八)

登録日     昭和四〇年一〇月一八日

登録番号    第二五三〇三四号

登録意匠    別紙意匠公報の、図面代用写真に示すとおりの手袋の形状及び模様の結合

なお、本件意匠権には類似第一号ないし第一二号の類似意匠登録がされている。

(二)  本件登録意匠の構成は次のとおりである。

1 五本指の輪郭をなす一般的手袋の形状を有する縫製によつてなる手袋に係る。

2 甲部には、そのほぼ中央から、拇指を除く四指の指股間部に至る三条の隆起状模様を放射線状に有する。

3 掌面には、裾部中央に切込みが設けられ、スナツプ止めの形状を有する。

4 指・掌面全面に、直径一ミリメートル程度の半球状細小突起を、その直径とほぼ等しい僅少間隔のピツチをもつて縦横に規則的に配した模様を有する。

以上の形状、模様の結合。

(三)  被告は、昭和四三年一〇月二二日から現在まで、別紙目録に表示する手袋(以下、「被告製品」という。)を業として製造し、販売している。

(四)  被告製品にあらわれる意匠的部分(以下、単に、「被告製品の意匠」という。)の構成は次のとおりである。

1 縫製によつてなる白色の手袋で、その輪郭は五本指の一般的手袋の形状を有する。

2 甲部には、そのほぼ中央から、拇指を除く四指の指股間に至る三本の隆起状模様を放射線状に有する。

3 掌面には、裾部中央に切込みが設けられ、スナツプ止めの形状を有する。

4 裾部を除く指・掌面全面に直径約一ミリメートルの白色の半球状細小突起を、全体に、一見して梨子地状に、すなわち縦方向に等間隔で一列に並べ、その間隔は約〇・九ミリメートル、縦列の並ぶ密度は約五ミリメートルの間に三列、更に隣り合う縦列は互いに約〇・九ミリメートル上下にずらして配列形成すること、換言すれば、互いに隣接する四個の半球状細小突起を観察するときこれら四個の半球状細小突起が横長の菱形の頂点を形成するように配列され、掌面裾部に幅約一五ミリメートルの半球状細小突起のない部分を縁沿いに帯状に形成してなる模様を有する。

以上の形状、模様の結合。

(五)  本件登録意匠と被告製品の意匠とを対比すると、次のとおりである。

1 本件登録意匠と被告製品の意匠とは、その構成において、次の点は一致している。

イ 右両意匠はいずれも縫製によつてなる手袋に係るもので、その輪郭が五本指である一般的手袋の形状を有すること。

ロ 右両意匠はともに、甲部がそのほぼ中央から拇指を除く四指の指股間部に至る三条の隆起状模様を放射線状に有し、掌面の部裾中央に切込みが設けられ、スナツプ止めの形状を有すること。

ハ 右両意匠はともに、指・掌面全面に半球状細小突起を微細間隔で規則的に配列してあること。

2 本件登録意匠と被告製品の意匠とは、その構成において、次の点は相違する。

イ 指・掌面の半球状細小突起が、本件登録意匠では縦横に配列されているのに対し、被告製品の意匠では梨子地状に配列されていること。

ロ 本件登録意匠では裾部を含む指・掌面全部に半球状細小突起が配列されているのに対し、被告製品の意匠では裾部に半球状細小突起が配列されていない幅約一五ミリメートルの部分があること。

3 本件登録意匠と被告製品の意匠には、右2に記載の相違点が存するけれども、意匠全体について比較すれば、右1に記載の一致点、特に、ハの一致点が看者の注意を圧倒的にひき、右相違点は部分的微差に止まるので、被告製品の意匠は本件登録意匠に極めて類似するものである。

(六)  よつて、原告は、被告に対し、被告製品の製造販売及び拡布の差止めを求める。

(七)1  被告は、原告の本件意匠権を侵害するものであることを知り、又は過失によりこれを知らないで、本件登録意匠に類似した意匠に係る被告製品を、昭和四三年一〇月二二日から昭和四六年六月二三日までの間に五万四、五五五ダース、昭和四七年三月七日から昭和五〇年三月六日までの間に右同数、合計一〇万九、一一〇ダース製造販売して、原告の本件意匠権を侵害した。

したがつて、被告は、原告に対し、右侵害行為によつて原告に加えた損害を賠償すべき義務がある。

2  原告は、被告の右侵害行為により、金九〇〇万一、五七四円の損害を被つた。すなわち、被告が右侵害行為によつて次の利益を受けているので、この利益の額をもつて原告の損害額と主張するものであるが、被告の受けた利益の額は、被告の製造販売した被告製品の一ダース当たりの販売価格金八五〇円から製造原価金七〇〇円を控除した売買差益金一五〇円を算出し、これから更に販売経費四五パーセントを控除した一ダース当たりの純利益金八二円五〇銭に、前述の販売ダース数一〇万九、一一〇を乗じたすくなくとも金九〇〇万一、五七四円となる。

3  よつて、原告は、被告に対し、不法行為による損害賠償として、右損害金九〇〇万一、五七四円及び内金四五〇万〇、七八七円に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四六年一一月一九日から、内金四五〇万〇、七八七円に対する不法行為の後の日である昭和五〇年三月七日から各支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の答弁及び主張

(一)  請求の原因(一)及び(二)の事実は認める。

(二)  同(三)の事実のうち、被告が昭和四三年一〇月二二日から被告製品を業として製造販売したことは認めるが、終期は否認する。被告が被告製品を製造販売したのは、後述の本件実用新案権の存続期間終了の日の前日である昭和四六年六月二三日までである。

(三)  同(四)の事実のうち、1ないし3及び4のうち半球状細小突起の直径が約一ミリメートルであること、その間隔が約〇・九ミリメートルであることは認め、4のその余の点は否認する。被告製品の指・掌面の半球状細小突起は鹿の子状に配列されている。

(四)  同(五)1の事実のうち、ハの被告製品の意匠における指・掌面全面の半球状細小突起が微細間隔で規則的に配列されていることは否認し、その余は認める。

同(五)2の事実のうち、イの指・掌面の半球状細小突起が被告製品の意匠では梨子地状に配列されていることは否認し、その余は認める。同(五)3の事実は否認する。

(五)  同(七)1の事実のうち、被告が被告製品を昭和四三年一〇月二二日から昭和四六年六月二三日までの間に五万四、五五五ダース製造販売したことは認めるが、その余は否認する。同(七)2の事実は否認する。

(六)  被告製品の意匠が本件登録意匠に類似するとしても、被告の被告製品の製造販売行為は、次の実用新案権(以下、「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という。)を実施したものであるから、被告製品の製造販売行為につき、原告は、本件差止め等を求めることはできない。なお、本件実用新案権は昭和四六年六月二四日その存続期間が満了した。

考案の名称 作業手袋

出願日   昭和三四年三月一五日

出願公告日 昭和三五年一一月八日(実用新案出願公告昭三五―二九五七〇)

登録日   昭和三六年六月二四日

登録番号  第五四〇一四四号

(1) すなわち、被告は、本件実用新案権の実用新案権者である訴外木田裕也から、昭和三六年七月七日、本件実用新案権について、「期間・存続期間満了まで。範囲・全部。実施料・会計年度の初め(十一月一日)までに双方協議して定める。」旨を内容とする通常実施権の許諾を受け、その期間内、本件考案の実施として、被告製品を製造販売したのである。

(2) ところで、本件考案の実用新案登録請求の範囲の欄には、「図面に示すように、作業手袋1の編成生地の一面に、直接に合成樹脂質又はゴム質の多数突起2を形成すると同時に、突起資料の一部分を編成組織内に圧入して編糸條と絡み合つて固結させ、突起2と生地面3を交互散在するように配設した作業手袋の構造。」と記載されており(別添実用新案公報参照)、これを構成要件に分けて説明すると、次のとおりである。

イ 作業手袋の編成生地の一面に、直接に合成樹脂質又はゴム質の多数突起を形成すること。

手袋には、その主要目的に従つて防寒用、儀式用及びおしやれ用などがあるが、本件考案は作業手袋に係るものであつて、考案の目的は手袋の滑止めにある。そして、作業用手袋であれば、それが軍手であれ、縫製手袋であれ、その種類を問わないのである。そして、作業用手袋であるから滑止めは掌面側にのみ必要であり、その滑止め作用を有効にするため、その材質に合成樹脂質又はゴム質を選択して突起を形成したのである。

ロ 突起資料の一部分を編成組織内に圧入して編糸條と絡み合つて固結させること。

突起は、滑止めの作用に役立つことを目的とするものであるから、手袋の生地面に対する附着が強固でなければならず、突起の一部分が生地の編成組織と絡み合うような状態に固着したものでなければならない。

ハ 突起と生地面を交互散在するよう配設すること。

手袋の生地面に直接突起を附着させ、その突起は多数を要し、生地面と交互するように散在せしめたものである。したがつて、従来の滑止めの手袋のように表面を一面の皮膜で被覆状態に加工するものとは技術的に全く異なり、通気性を阻害することなく、また手指の屈伸を妨げないので、作業上の支障にならない。更に、突起の形状及びその大小には全く制限がなく、要は手袋掌面側に散在して滑止め作用を有し、かつ手指の屈伸の妨げにならない構成のものであれば足りるのである。

ニ 以上イないしハを備えた作業手袋の構造であること。

(3) そして、被告製品は本件考案の構成要件イないしニをことごとく具備するものである。

(4) ところで、原告は、被告製品の構造は、本件考案の技術的範囲に属しないとし、生地、手袋の種類及び突起の大小、間隔等についての相違を主張する。しかし、本件考案について、明細書添附図面には作業手袋の一例として軍手が示されているが、それは単なる実施例に過ぎず(本件実用新案公報一頁右欄一一行目、一二行目の「細かい指先の作業も不自由なしにできる」との記載によれば、本件考案の手袋が各種の作業用手袋を想定していることが明らかである。)、軍手に限らないし、また、原告主張のように手袋全体が一連の編成によつて形成されたもの、すなわち編手袋でなければならないとは本件考案の明細書に全く記載はなく、伸縮生地(編地)のものでさえあれば、手袋の種別、手袋の生地の厚薄、突起の大小及び相互の間隔の広狭等は、実施に当たつて具体的に定めうる設計上の問題であつて、考案の要件には関しない。また原告は、甲部に装飾用の三筋の突条やスナップの釦あるものは、本件考案の技術的範囲に属しない旨主張するが、本件考案は、各種公知の手袋について、これを作業用に供する目的で掌面側に合成樹脂の多数の粒状突起を編成した生地面に直接固着したものであつて、右突条や釦のあるものも含まれるのである。更に、原告は、粒状突起の固着状態が本件考案と被告製品とは異なると主張するが、いずれも同一の加工方法によるものであり、軍手のように太糸で組織の粗いものにはその作業目的に応じて粒状突起も大きく、附着力を強くすることは当然のことであり、他方被告製品はその使用目的からそれ程の附着強度を要しないというに過ぎないのであつて、考案の本質と関係のない設計上の問題である。被告製品が本件考案の構成要件をことごとく充足することは、前述のとおりであつて、原告の主張は失当である。

2 また、本件登録意匠は、その出願日である昭和三八年七月一七日より前の昭和三四年三月一五日出願に係る本件実用新案権と抵触し、そうでないとしても本件実用新案権を利用するものであるから、業として本件登録意匠の実施をすることができない(意匠法第二六条第一項)。けだし、本件登録意匠の構成は、請求の原因(二)のとおりであつて、前述の本件考案の構成要件をことごとく備えており、原告の本件登録意匠の実施は本件実用新案権に対する侵害となる関係にあるからである。詳論すれば、本件登録意匠は、公知の縫製手袋を意匠の基本として、その指・掌面側の全面に無数の半球状細小突起を縦横に間隔をもつて配置したものである。したがつて、半球状細小突起の程度及び間隔は意匠の要件になるが、半球状細小突起の材質は特定されていない。また、手袋の形態や甲部の模様はありふれたもので、意匠の新規な部分ではなく、意匠の要部を構成しない。したがつて、本件登録意匠を実施するに当たつては半球状細小突起の材質は一応自由に選択することができるのであるが、材質に合成樹脂を選択し、これを手袋の生地面に強固に附着させる構造を採れば、本件実用新案権と抵触することになり、抵触しないとしても本件実用新案権を利用するものであるから、その結果、被告製品の意匠が本件登録意匠に類似するとしても、被告製品の製造販売につき、原告は本件差止め等を求めることはできない。

3 右のとおり、被告の被告製品の製造販売は本件考案の実施であり、また、本件登録意匠は本件実用新案権と、右2に述べたように、抵触又は利用の関係にあり、本件登録意匠の実施をすることができないから、被告の被告製品の製造販売行為は、本件意匠権の侵害として、本件差止め等を求められるいわれはない。

(七)  右(六)の主張についての事実関係を補足すれば、以下のとおりである。原告は、本件登録意匠の実施が、前記のように、本件実用新案権に対する侵害となる関係にあるということ、したがつて本件実用新案権者から本件実用新案権について実施許諾を受けなければならないということを知つていた。すなわち、原告は、訴外共和レザー株式会社(以下、「共和レザー」という。)と本件実用新案権者木田裕也との間の昭和四二年一〇月一日付契約(乙第二号証)(共和レザーは、原告に対する手袋生地(原反)の供給者であるところ、右原反は共和レザーが米国のデーエンドエス社から実施許諾を得た第五二八五五七号実用新案権(乙第一〇号証参照)の実施に係るものであり、他方右原反を用いて滑止め手袋を製造することは、本件考案の実施に係るものであつた。そこで、共和レザーと被告会社代表者である木田裕也とが相互の権利義務について契約したのが、右乙第二号証の契約であり、その契約の中で、共和レザーも木田裕也も、それぞれの有する実用新案権すなわち右第五二八五五七号実用新案権と本件実用新案権について原告その他に実施許諾することとした。)を前提とし、原告製造の手袋に使用する合成樹脂粒状突起の加工生地を、本件考案の樹脂突起の技術内容と同一技術内容に係る前掲第五二八五五七号実用新案権(両考案の樹脂突起の取付構造及びその配列などは実質的に同一であるが、旧実用新案法(大正一〇年法律第九七号をいう。)の下では、物品の型に対して登録が付与されていたので、本件実用新案権は手袋の滑止めの考案として、また前掲第五二八五五七号実用新案権は布地面の加工の考案として各登録されたものである。)の実施権者である共和レザーから購入するとともに、右木田裕也に対しては、右契約(乙第二号証)の期限である昭和四五年一一月七日まで、この生地使用による手袋の数量に応じた本件考案についての実施料を支払つていたのである(乙第二号証、第一三号証の一ないし八)。原告は、被告に対し、昭和四三年一〇月二二日以降本件意匠権を侵害した旨主張するが、被告は、前述のとおり、昭和三六年七月七日本件実用新案権について通常実施権の許諾を受け、その実施をしてきたものであつて、その被告の実施につき本件意匠権の侵害を主張できるのであれば、原告が、何故に、前述のとおりの実施料の支払をしてきたのか不可解である。原告は、本件登録意匠の実施品である自動車運転用の手袋の包装袋に本件登録意匠の登録番号のほか、本件実用新案権及び共和レザーが実施権を有する実用新案権の各登録番号を記載し、かつ、右手袋の作用効果を記載しているが(乙第一一号証)、このことは被告の右主張を裏付けるものである。

三  被告の主張に対する原告の答弁及び反論

(一)  被告製品の製造販売は本件考案の実施であるとの被告の主張事実は否認する。被告の主張は、被告が本件考案の技術的範囲を拡大解釈したことによるものであつて、被告の被告製品の製造販売は、本件考案を実施するものではない。すなわち、被告製品の構造は本件考案の技術的範囲に属しない。その理由は、次のとおりである。

1 本件考案は、全体が編成によつて形成された手袋に係るものであるのに対し、被告製品は一センチメートル四方に二七〇目程度の細かい編目を有する生地を使用し、裁断縫製によつて形成された手袋である。

2 本件考案は、一般に軍手と称される作業用手袋に係るのに対し、被告製品は一般に礼装用と称されるもので、甲部に三条の隆起状飾り、裾部の切込み及び一組のスナツプ釦を有する装飾用手袋である。

3 本件考案では、粒状の突起が、編成の組織内に圧入され編糸條と絡み合わせて固結され、一部は手袋の裏面にまで進出しているのに対し、被告製品では粒状の小突起が生地表面に固着されている。

4 本件考案では、固着の程度が強固で、樹脂が絡んでいる糸條、すなわち編成組織そのものを破壊することなくしてはこの突起を除却することはできない(別添実用新案公報一頁右欄六行目ないし八行目参照。)のに対し、被告製品では、右固着の程度が鋭利な爪状の道具でかき落とすことも、指の爪で挾んで引き剥がすこともできる程度のものであり、突起脱落跡の生地面は表面の毛羽が痛む程度である。

(二)  仮に被告製品の製造販売が本件考案の実施であるとしても、実用新案権は物の製造技術もしくは物品の構造等に関する考案であるのに対し、意匠権は物品の外観に関するものであることからいつて、被告製品の外観が必然的に本件登録意匠と同一もしくは類似するという関係にはないから、本件登録意匠に類似する意匠の被告製品を製造販売する行為は本件意匠権を侵害する。また、本件意匠権と本件実用新案権の抵触又は利用関係に関する被告の主張も、右に述べた理由により否認する。

(三)  被告は、原告が共和レザーと訴外木田裕也との間の契約を前提として、本件考案の実施につき実施料を支払つていた旨主張するが、そのような事実はない。原告は、自ら原反生地を共和レザーに交付して、手袋を作るための突起加工を同会社にさせ、その加工賃を同会社に支払つたに過ぎない。しかも、共和レザーと訴外木田裕也との間の契約に係る手袋は本件登録意匠とは全く異なる構成のものである。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  請求の原因(一)の事実は当事者間に争いがない。

二  被告が、昭和四三年一〇月二二日からすくなくとも昭和四六年六月二三日まで、被告製品を業として製造販売したことは当事者間に争いがないが、昭和四六年六月二四日以降被告製品を業として製造販売していることを認めるに足る証拠はない。

三  成立に争いがない甲第一号証の一(本件意匠公報)及び被告会社代表者の尋問の結果に本件口頭弁論の全趣旨を総合すれば、本件登録意匠の構成は請求の原因(二)のとおりであること、本件登録意匠の構成のうち、請求の原因(二)1に記載の構成は技術的要請に基づく当然の形状であり、また同2及び3に記載の構成は本件登録意匠の登録出願前から礼装用手袋あるいは自動車運転用手袋に広く用いられ、いわゆるありふれた形状及び模様であつて、これら1ないし3の構成はいずれも看者の注意を引く部分でないのに対し、同4に記載の構成はその形状及び模様は特に看者の注意を引く部分として本件登録意匠の要部を構成していることが認められ、この認定を覆えすに足る証拠はない。

四  被告製品の意匠が別紙目録に表示する形状及び模様の結合からなることは、裾部を除く指・掌面全面に直径約一ミリメートルの白色の半球状細小突起をいわゆる梨子地状に配列形成したか否かの点を除き当事者間に争いがないところ、右争いのない事実に、被告製品であることについて当事者間に争いのない検甲第一号証及び本件口頭弁論の全趣旨を総合すれば、被告製品の意匠の構成は請求の原因(四)のとおりであることが認められ、被告会社代表者の尋問の結果はいまだ右認定を左右するに足りず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

五  そこで以上の事実に基づき、本件登録意匠と被告製品の意匠とを対比してみると、両意匠は、(1)縫製によつてなる手袋に係るもので、その輪郭が五本指である一般的手袋の形状を有する点、(2)手袋の甲部がそのほぼ中央から拇指を除く四指の指股間部に至る三条の隆起状模様を放射線状に有し、掌面の裾部中央にありふれた形状の切込みが設けられ、スナツプ止めの形状を有する点で一致するものの、(3)指・掌面の半球状細小突起が本件登録意匠では縦横に配列されているのに対し被告製品の意匠では梨子地状に配列されている点、(4)本件登録意匠では裾部を含む指・掌面全部に半球状細小突起が配列されているのに対し、被告製品の意匠では裾部に半球状細小突起が配列されていない幅一五ミリメートルの部分が、右切込み部分を縁どりするようにして存在する点で相違していることが明らかである。

しかして、右相違点は本件登録意匠の要部に関するものではあるけれども、このうち右(3)の相違点については、半球状細突起の大きさ、形状及び配列されている間隔等に鑑みれば、右(3)に記載の相違が存在するにかかわらず、両意匠における半球状細小突起の配列は看者に極めて類似ないし同一に近いとの印象を与えるし、右(4)の相違点も、被告製品の掌面において半球状細小突起のない部分の占める割合が僅少であつて、看者に対し右両手袋の意匠を別異のものとして印象づけるほど顕著なものではないとするのが相当である。

してみると、本件登録意匠と被告製品の意匠とは意匠の要部において殆んど一致し、そして両意匠を全体的に観察した場合、看者に与える美感を同一にするものと認めるを相当とするから、被告製品の意匠は本件登録意匠に類似するものといわなければならない。

六  そこで、被告製品の製造販売行為は本件実用新案権の通常実施権に基づく本件考案の実施であるから、本件意匠権に基づき、右製造販売行為の差止め等は求められない、との被告の主張につき、判断する。

(一)  被告製品が本件考案の実施品であれば、被告製品の意匠につき、本件意匠権と本件実用新案権とは抵触するものであることは、前段認定の事実関係から明らかであるところ、この場合、本件意匠権及び本件実用新案権は、それぞれ、意匠法第二六条一項、実用新案法第一七条の各規定によつて同規定の定める制限を受けることがあるのは格別、両権利の権利者は、互いに、他方の権利により制約されることなく自己の権利の実施をすることができ、したがつて、本件実用新案権の実施は、本件意匠権の存在にかかわらず、本件実用新案権に基づく権利の行使として許容されるべく、本件意匠権によるいわゆる差止請求に服することはないものと解するのが相当である。けだし、実用新案権はその内容である考案を、意匠権はその登録意匠を、各独占・排他的に実施することができる権利であり、法上に特段の定めがないのにその権利の効力を制限することは実用新案権及び意匠権の本質に反するからである。実用新案権につき実施の許諾を得たいわゆる通常実施権者のその実施権の行使についても同様であることはいうまでもない。なお、本件登録意匠の意匠登録出願は本件実用新案権の登録出願の日の後である関係にあることは、請求の原因(一)の事実(当事者間に争いがない。)及び成立に争いのない乙第一号証の記載から明らかであるから、本件実用新案権及びその実施権者については、実用新案法第一七条の規定の定める制限を受けることもないものである。

(二)  これを本件につきみるに、被告会社代表者の尋問の結果及び本件口頭弁論の全趣旨によれば、被告は、昭和三六年七月七日、本件実用新案権者である訴外木田裕也から、本件実用新案権について、「期間・実用新案権存続期間満了まで、範囲・全部、実施料・会計年度の初め(一一月一日)までに双方協議して定めること」を内容とする通常実施権の許諾を受けたことが認められ、これに反する証拠はなく、この事実によれば、被告は本件考案につき右内容の通常実施権を有していたのであるから、すすんで、被告が本件実用新案権の存続期間中において製造販売した被告製品が本件考案の実施品かどうかにつき検討する。

(三)  前顕乙第一号証によれば、本件考案は次の構成要件からなるものと認められる。

A  作業手袋の編成生地の一面に、直接に合成樹脂質又はゴム質の多数突起を形成してあること。

B  右多数突起の突起資料の一部分を編成組織内に圧入して編糸條と絡み合つて固結させてあること。

C  突起と生地面を交互散在するように配設してあること。

D  作業手袋であること。

(四)  前顕検甲第一号証、証人宮田友信の証言、被告会社代表者の尋問の結果及び本件口頭弁論の全趣旨を総合すれば、被告製品は次の構造からなるものと認められる。

A′ 自動車運転用手袋の編成生地の掌面側に、裾部の約一五ミリメートルの幅を除き直接合成樹脂で多数の半球状細小突起を施してあること。

B′ 半球状細小突起の一部を編成組織内に押し込んで編糸條と絡ませて附着させてあること。

C′ 半球状細小突起を微細間隔で生地面に配設してあること。

D′ 自動車運転用手袋であること。

以上の事実が認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

(五)  そこで、本件考案と被告製品の構造とを対比検討すると、(1)本件考案の構成要件Aと被告製品の構造A′については、前顕乙第一号証の実用新案の説明の欄に、本件考案にいう作業手袋を一般にいわゆる軍手と称される作業用手袋に限定する旨の記載はなく(本件明細書添附の図面には軍手が図示されているが、これは一実施例と解すべきである。)、むしろ、「細かい指先の作業も不自由なしにできるものである。」(本件実用新案公報一頁右欄一一、一二行)との記載があり、この記載と本件考案の目的、作用効果を併せ考えれば、作業の種別を問わず一定の作業に使用する手袋であればすべて本件考案にいう作業手袋に包含されるものと解すべきであるから、自動車運転用手袋である被告製品は本件考案の作業手袋に含まれ、また被告製品では本件考案の編成生地の一面に該当する編成生地の掌面に直接合成樹脂で半球状細小突起を施してあるから、被告製品の構造A′は本件考案の構成要件Aを充足し(もつとも、被告製品では、掌面側の裾部に約一五ミリメートル幅で半球状細小突起が施されていないが、このことは右判断を左右するものではない。)、(2)また被告製品の構造B′、C′はそれぞれ本件考案の構成要件B、Cを充足し、(3)更に、前記(1)で説示したところから、被告製品の構造D′が本件考案の構成要件Dを充足することが明らかである。

ところで、原告は、本件考案と被告製品の構造との相違として、本件考案は全体が編成によつて形成された手袋であるのに対し、被告製品は一センチメートル四方に二七〇目程度の細かい編目を有する生地を使用し、裁断・縫製によつて形成された手袋であると主張するが、仮に被告製品が原告指摘のようなものであつたとしても、本件考案においては、第一項で確定した登録請求の範囲の記載から明らかなように、手袋の組成生地として編成生地を用いることのみが要件であるから、編成生地を用いてこれを裁断・縫製した手袋も本件考案の技術的範囲に属するものと解すべきである。

よつて、原告の右主張は採用することができない。

そうすると、被告製品は本件考案の技術的範囲に属し、本件考案の実施品であるということができる。

七  してみると、さきに説示した理由により、本件意匠権の侵害を理由とする原告の本件差止請求、したがつてまた本件損害賠償請求は、被告に対しこれを求めることができない筋合である。

八  よつて原告の本訴各請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから、棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条の規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 秋吉稔弘 塚田渥 水野武)

目録

添附写真に示すとおりの形状模様を有する手袋

(エスアイグリツプNo.〇〇七ドライバー手袋)

写真〈省略〉

意匠公報

昭四〇―二五三〇三四

出願 昭三八、七、一七

意願 昭三八―一七七九八

登録 昭四〇、一〇、一八

創作者     吉野弘

東京都品川区大井森下町三九九三

意匠権者    関東繊維工業株式会社

東京都中央区日本橋橘町一〇一七

代表者     吉野弘

代理人 弁理士 大野柳之輔

意匠に係る物品 手袋

写真〈省略〉

実用新案公報

昭三五―二九五七〇

公告  昭三五、一一、八

出願  昭三四、三、一五

実願  昭三四―一四六五一

出願人 考案者 木田裕也

富山県東礪波郡利賀村阿別当六二七

代理人 弁理士 宮田友信

作業手袋

図面の略解

第1図は本案手袋の平面図、第2図は側面図、第3図は拡大した一部の断面図である。

実用新案の説明

本案は作業手袋1の一面に、合成樹脂質又はゴム質の突起2を編成生地3と交互するように、五指の内面及掌面に捺染式方法により型板によつて圧入し、手袋の組成生地とからみ合わせて点々固着したものである。

従来の作業手袋には、ゴム引き或は合成樹脂の被膜を全面に被着塗装し、或は塗装面に更に凸凹部分を形成したものは既に公知であるが、何れも著しく硬直して作業が困難であるのみならず、手指の屈折にも力を要し、従つて指の疲労も早く、又通気が不能或は不十分であることなど多くの欠点を有していた。

本案は手袋の一面(掌面側)に合成樹脂又はゴムの突起2を多数点状に形成すると共に突起資料の一部分を編成組織中に圧入して糸條と絡らませて固結し、各突起間の間隙は手袋の編成糸面をそのまゝ現わしておくものであるから、伸縮の自在は勿論手指の屈伸にも強い圧迫を感ずることがなく、更に通気も十分である。作業手袋のように伸縮する編物面に直接に合成樹脂質の突起又は線状の隆起を形成固着することは、従来は極めて困難であつたゝめ、先ず繊維面全域に被膜状の塗装を施した上に、更に隆起加工して被膜に固定したものであつたが、本案は合成樹脂又はゴムの資料液を、捺染式に型板を用いて直接手袋の編成面に隆状の突起を形成すると同時にその一部分を組織内に圧入し、組織糸條と複雑にからみ合つた状態のまゝ熱処理によつて固結したものである。従つてその附着は実に強固であつて、全く糸條と一体的に結成しているため、突起面を激しく摩擦しても剥離する虞がない。この強度があると共に、点状に散在して編成地と交互に配設されているから、滑り止めの作用が実に顕著である。従つて各部屈伸の容易なことゝ相俟つて、細かい指先の作業も不自由なしにできるものである。故に普通の作業手袋では困難であつた仕事も、本案手袋は却つて突起の利用と滑りを防ぐ効果のために、手袋を使用しない場合と殆んど変りない結果が得られるものである。尚強度に於ても編成糸部は多数の突起によつて直接摩擦を受けないから、その耐久力は普通軍手の三、四倍に価することを実証し得たものである。

登録請求の範囲

図面に示すように、作業手袋1の編成生地の一面に、直接に合成樹脂質又はゴム質の多数突起2を形成すると同時に、突起資料の一部分を編成組織内に圧入して編糸條と絡み合つて固結させ、突起2と生地面3を交互散在するように配設した作業手袋の構造。

第1図~第3図〈省略〉

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